今回は、当サイトを見て「木工…やってみようかな」と思っていただけた方に、まず1冊目として本当にオススメできる『杉でつくる家具』という本をご紹介します。
人生において何度も読み返してしまうタイプの本です。
この本は、杉を使って、一般の人たちが自分達で使うものを自分達で作るために、が考え抜かれています。
- 杉の特性を考慮してしっかり強度を保ち
- 初心者でも作りやすく
- それでも温かみのあるデザインで
- 手に入りやすい部材を使う前提で
プロのデザイナーが設計した20点以上の家具の設計図と、一点一点豊富な写真で解説された制作手順が中心コンテンツとなっています。発行は2019年なのですが、実はこの本は1950年代に発行された『アイディアを生かした家庭の工作』(以下家庭の工作)という本から木製家具の部分だけ抜き出して再編された本なんです。
なぜこの本が生まれたのか?
そこにある物語も絡めて、この本の良さをご紹介していきます。
時代背景
別の記事で国内の杉の事情について触れたよね。この本もダイレクトに『杉』がテーマだけど、同じ理由なの?
『杉でつくる家具』が出版された理由は大体同じなんだけど、そのベースとなった『家庭の工作』において『杉』が選ばれている理由は違うんだ
『家庭の工作』が出版されたころ
『家庭の工作』が出版された1953年は、戦後の混乱がようやく薄れはじめたころ。
まだ既製品も少なく、基本的に生活で必要なモノは素材を手に入れ、自分達でこしらえる時代でした。
『杉でつくる家具』の中でも『家庭の工作』は紹介されていて、中身も数ページ分が画像として載っているのですが、それを見るとおひつ(炊いた米を釜から移しておく入れ物)を運ぶための台とかも載っています。
初めての炊飯器が販売されたのが1955年だそうで、この本が出たころには無かったんですね。
この『家庭の工作』では、『杉』に固執しているわけではないのですが、そのまま抜き取って『杉でつくる家具』と語れるくらい、使われている素材のほとんどは『杉』です。
その理由は
- 杉が最も安価で手に入りやすい
- 家庭の男が日曜大工として手道具だけで加工をしやすい
などなど、とにかくこの本を利用して実際に作業する、作り手目線でデザインしまくった結果、自然と『杉』が選ばれたのですね。
ここでも杉が生活者にとってずっと前からとても身近な素材だったということが分かるね
『杉でつくる家具』として再編された
前述したとおり、『家庭の工作』の中から家具の部分だけを抜きとって再編されたのが『杉でつくる家具』です。
70年前のデザインが全く色褪せていないという衝撃!
再編された理由
再編された意図を推測すると、一つはやはり現在の日本の木材の需要と供給のズレの問題への提唱があると思います。
そしてもう一つは、この『家庭の工作』を生み出した、KAK(カック)というデザイングループの中心人物である秋岡芳夫氏の遺したメッセージを伝えるためという気がしてなりません。
プロフィール
秋岡芳夫(あきおか・よしお)
工業デザイナー、木工愛好家、著述家、教育者
1920年熊本県宇城市生まれ。東京高等工芸学校(現・千葉大学工学部)卒業。1953年にKAKデザイングループを設立。1970年にグループモノ・モノを結成。1971年に著書『割り箸から車まで』を上梓。消費社会の到来にいち早く警告を発し、“立ち止まったデザイナー”を名乗る。「消費者から愛用者へ」「身度尺」「コミュニティー生産」といった持論を展開し、日本人の生活風土に根ざしたデザイン運動を推進した。東北工業大学工学部教授、共立女子大学生活美術学科教授などを歴任。1997年没(享年76歳)。
グループモノ・モノ公式サイト 秋岡芳夫・著作紹介
この記事を書くにあたって改めて読み直したのですが、個人的にギュンギュン刺さる言葉がたくさんあります。
秋岡氏がグループモノ・モノを立ち上げたのは1970年代。大量生産に流れはじめた時代です。
自らが工業デザイナー(大量生産されるモノをデザインする人)でありながら、なんでもかんでも工業化して生産するのはいかがなものかと提唱を続けました。
今この時代だからこそ掘り起こされたんだなぁとしみじみ感じてしまうのですが、詳細が知りたいという方は『杉でつくる家具』を編纂したグループモノ・モノの公式サイトをぜひご覧になってみてください。
この記事では私見も交えて一つだけ紹介します。
工作と作業は違う
秋岡氏は、「工夫して作るということが工作」としたうえで、「人間にとって、面白くて止められないのが工作で、面白くないな止めたいなと思うのが作業です」
と主張をしています。
私はみなさんに自作をさせるためには、いかに作業にさせないか、が重要になると考えています。
私たちの時代で自作といったら、誰もが口を揃えて求めるのは間違いなく電動工具です。
ネットで検索をしても、電動工具を使う前提になっているやり方の紹介が多数を占めます。
実際に身近な人に聞いても電動が当たり前。理由は大体、道具で人力はヤダといいます。
つまり手道具=手動は大変でやりたくないということです。
ノコギリで切るとかですね。
しかしこれは正確ではないと思います。
正確には、辛いのは単なる作業になっているからであって、決して体や手を動かすこと自体が要因ではないのです。
ある図面を参考にしながらも、自分であーだこーだと考えながら手を加えてモノづくりをする(つまり工夫をする)ならば、手道具でも十分楽しい。
電動工具を揃えないとモノづくりなんて大変でできない。でも電動工具は出費がかさむ。だから完成品を買おう、では、大きな機会損失になります。
反面、ノコギリやカナヅチだったら、調達するハードルが一気に下がります。
むしろ、電動工具は、作業になりやすい傾向があるように思います。
自作が辛いかどうかは、人力でやるかどうかではなく、内容が工作になっているか作業になっているかなのです。
本の主な内容
工作部分の内容
- 必要な道具の説明
- 道具の使い方
- ノコギリ
- 墨付け
- ドライバドリル
- 構造解説
- それぞれの家具ごとに
- 難易度と製作所要時間
- 作品の重要ポイント
- 必要材料とそのおおよその購入金額
- 必要工具
- 設計図・完成図
- そして詳細な制作工程の説明
構造解説は杉の特性に合わせて無理なく強度を出すやり方をいくつか解説しているよ
特に挟み脚構造はあまり見ない面白い構造だね
手道具
ベースの本の時代背景もあり、『杉でつくる家具』で使われるものは手道具がほとんど。
電動工具で紹介されているのはネジ止めのドリルと、ヤスリがけの電動サンダーのみ。
それすら、公式サイトではキリで下穴をあけてドライバーでネジ止めのやり方を紹介していますし、サンドペーパーを木片に巻いてヤスリがけでも大丈夫です。
全体において写真を多用し丁寧すぎるほど詳細に説明しています。
公式サイトのこちらのページに本のサンプル画像がありますので参考になるかと思います。
やったことがない人が全体をぱっと見るとできるかどうか不安になるかもですが、一つ一つの手順を丁寧に追っていけば作れるはず。
初めてだけど背伸びしてやってみよう、といった人に丁度良いはずです。
作ってみて改めて分かるそのデザインの素晴らしさ
最後に、この本を基に「筋交いが効いた2WAYスツール」を実際に作って感じたことを伝えたいと思います。
筋交いが効いた2WAYスツール
このスツール、縦にすれば大人、横にすれば子供にちょうど良い高さ。そのうえサイドテーブルにもなります。
シンプルなシルエットながら筋交い構造で強度もバッチリ。
踏み台にはならないよ!
このスツールを含めて何点か作ったのですが、まずなんといってもどれも良い意味でアバウトで、軌道修正がしやすい。
ちょっと曲がって切っちゃったとか、角度や寸法を少し間違えて、ピッタリいかなくても、それが致命傷になりにくく、あとから調整が効く場合が多いです。
- 横にすれば子供も使えるし、サイドテーブルにもなる(→より多くの人が利用しやすい)
- 使用する部材が比較的一般人でも手に入りやすい。(→より多くの人が始めやすい)
- 形がシンプル。(→より多くの人が作りやすい)
- 加工精度がザックリでも、即失敗にはならずめちゃくちゃリカバリーしやすい。(→より多くの人がやり遂げやすい)
70年前のデザインが全く色褪せていないという衝撃!
さっき僕言ったよそれ!
それにこのスツール
挟み脚の丈夫なスツール
ほとんどが厚さ13ミリ、幅45ミリの板で作られています。
同じ板で作れるということは、それだけ材料ロスが少なく節約できるということです。
外見もさることながら、なんて作り手への優しさに満ち溢れたデザインなんだと驚きます。
私は頭が良いということと、優秀であることは別物だと考えています。
優秀とは、文字通り「優しさに秀でた」こと。
細部まで作る側のことを考え抜かれたこのデザインは、優秀な仕事だと心から思います。
終わりに
この本の終わりは、現グループモノ・モノのメンバーである大沼勇樹さんの文で締め括られています。
その一部を引用してこのレビューも締めくくりたいと思います。
KAKデザイングループが60年以上前に考えた図面をパソコンで書き起こし、実際に製作してみて、
杉でつくる家具
中略
完成した作品をまじまじとながめながら、どこが構造上のポイントになっているかを読み解くのは、KAKのメンバーと図面を通じ対話をしているようで、とても有意義でした。
中略
本書の図面通りに家具を作ることは「作業」となるでしょう。しかし、ノコギリの使い方や、強度を保つための構造を理解し、自分の希望するサイズやデザインで家具を作ることができるようになれば、それは「工作」になります。
あなたもぜひ本書を手に取り、図面を通してKAKのメンバーと対話を楽しみ、真の工作を体験してみてください!
最後まで読んでくれてありがとう!
またね!
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